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2009年5月3日日曜日

危険にさらされる患者たち

▽ 医療費削減政策を考える ▽
          第2回 危険にさらされる患者たち

         東京大学医科学研究所
         先端医療社会コミュニケーションシステム
          社会連携研究部門 上 昌広

         2009年5月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

 1984年、ニューヨークの病院で、Libby Zionという18歳の女子大生が医療事故で亡くなりました。彼女はフェネルジンという抗うつ剤を飲んでいましたが、発熱、ふるえ、脱水などのために両親に連れられ、救急外来を受診しました。担当した医師達はウイルス症候群と考えましたが、熱と強い興奮状態で暴れていたため、複数の治療薬とともにメペリジンも処方しました。メペリジンは鎮痛薬で、鎮静作用もあります。当初は治療が効いたようでしたが、早朝6:30に心肺停止となり死亡しました。
 はっきりした事実がわからず議論となったのは、Libbyがフェネルジンを飲んでいることや不法な薬物(特にコカイン)を使用したことを、担当となった研修医に告げなかったのではないかという点と、研修医がこれらの薬の相互作用を知っていたか否かという点です。実は、フェネルジンは、コカインとも、メペリジンとも相互作用が起きるため、併用してはいけないとされています。
 父親のSidney Zion氏は元検察官で、ニューヨーク市の有名な新聞コラムニストでした。彼は、病院に対して民事訴訟を起こし、大陪審に刑事事件として起訴するか検討するよう働きかけました。1986年、大陪審は様々な議論の末、不起訴を決定したものの、薬のレファレンスシステム(現在は、薬剤師が夜間・休日も病棟ごとに交代制で常駐し、薬の量や併用などに関する医師からの質問に答える体制となっています)、コメディカルの人数、研修医の勤務時間などについて、病院体制に問題があると報告しました。Libbyが入院した際の担当医は、そのとき既に18時間以上、働きっぱなしの状態だったのです。1995年、民事訴訟では、コカインによる死亡という主張も、誤投薬による死亡という主張も受け入れられず、Libbyが医師にコカインや処方薬(フェネルジン)を飲んでいることを告げなかったことと、医師達がメペリジンを処方したことについて、
 Shared Blameとなりました。解剖結果は急性肺炎で、検死局(MedicalExaminer)は、死因は両側の気管支肺炎であると報告しています。
 Libbyの死亡から5年後の1989年、ニューヨーク州は、患者の安全のために(医師の労働環境改善のためではありません)研修医の勤務時間を制限することを決めました。2億ドルの予算を投入し、患者安全のため、研修医の代わりに採血、点滴ルート確保、患者搬送などを行うコメディカルを増員し、医師の勤務時間を減らすことを病院に求めました。2001年には、この考え方が全米に受け入れられました(the Patient and Physician Safety and Protection Act)。
 しかし、このルールがあまり守られていないことが、長い間、議論されてきました。実は医師の勤務時間削減には、コメディカル増員のため経費が増える、夜中も同じ研修医が同じ患者を診なくなる、といった反対意見も多かったのですが、それでも「患者を危険にさらしている(Public Advocate for the City of NewYork)」「市民の命でルーレットゲームをしている(New York Daily News)」といった声のほうが強く、睡眠不足の医師に診療される患者の恐怖物語が相次いで報道されました。1999年、当直明けの医師が運転中に交通事故で亡くなる事件が起き、患者の安全のために医師の勤務時間短縮を求める声はさらに高まり、New York PostやNewsdayなどの紙面を飾りました。
 これは米国の話ですが、日本の状況はもっと深刻です。米国では若い研修医が問題になりましたが、日本では、すべての年齢層の医師が同じ問題を抱えています。40歳代では20歳代よりも注意力は落ちており、睡眠不足の状態での注意力は更に低下します。さらに驚くべきことに、25年前にLibbyの担当医が18時間以上起きていた状態で診療していたことが問題視されましたが、現在の日本では当直のたびに約36時間、睡眠をとらずに連続勤務することが常態化しています。
 日本の病院は「雑用が多い」と揶揄されています。厚労省までもが「病院に勤務する若年・中堅層の医師を中心に極めて厳しい勤務環境に置かれているが、その要因の一つとして、医師でなくても対応可能な業務までも医師が行っている現状がある」と通知を出しています。厚労省に当事者意識のかけらも感じないのは毎度のことですが、この問題については、まだまだ国民的な議論が足りないと感じます。患者にとって、医師でなくてもできる業務を医師にさせるのがよいのか、コメディカルに任せるのがよいのか。医師を増員するのがよいか、コメディカルを増員するのがよいか、両方増員する必要があるのか。現状では、他に任せられる人がほとんどいないので、医師が残業しながらこなしているのです。
 日本の病院で、医師でなくてもできる業務を医師が行っているのは、医師をサポートするコメディカルの人数が極端に少ないからです。100床あたり病院従事者数は、日本では101人ですが、アメリカでは504人。これでは、同じ医療を提供する場とは言えません。政府による医療費削減政策によって、病院は必要な数の職員を雇用することができず、慢性的に人手不足の状態にあり、患者は危険な環境に置かれています。

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